VISION

「概念と現実のあいだ」―新たな研究テーマの化学的創出

化学はなぜCentral Scienceたり得るのでしょうか?これに対しては、化学こそが分野の「あいだ」を原子/分子解像度で結びつける、インターフェース機能を果たしうる学問だから、という説明がなされています。

優れた医薬/材料開発という営為を例に取るならば、「人類社会・自然界・生命系の秩序に相対したうえで、人間的目線から高解像度介入を果たせる物質の創成」と表現することができます。我々の生活に豊かさをもたらす革新的物質群や概念知は、須く時代の要請に応えつつ、これを成し遂げています。


現代は、個別分野が高度成熟に達しつつあります。その中で生きる我々には、分野の「あいだ」にあるボーダーを取り払い、ギャップを埋め、ブリッジを築き、シナジーを創り上げていくことが求められています。分野の「あいだ」を化学でつなぐという動機付けは、化学が元来持ち得るポテンシャルをフルに発揮しながら、世界を拡張していくための出発点になると考えます。

「天然と人工のあいだ」―タンパク質模倣体の創出を目指す反応化学

往年のベストセラー科学書、「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一 著)をお読みになられた方も多いことでしょう。本書では、生命を成り立たせる特性は「動的平衡」にある、と説かれています。すなわち生命を成り立たせている物質(分子)群の絶え間ない変化やダイナミズムこそが、自然界や生命系の基盤にある。この一つ所に留まらないさまを記述し、理解を進める学術基盤は、分子が主体となる反応化学を置いて他にありません。

特に自然界(天然)を起源とする分子群は、長きにわたる自然選択の結果として存在しており、人間の頭脳では及びも付かない複雑かつ高度な機能を備えています。人工物がしばしば欠く生体適合性に優れることも、数多の応用時には利点となります。しかしながら、その天然起源分子が常に望ましい機能を示してくれるとは限りません。人類にとって役立つものに昇華させていくには、「似て非なるもの」を持ち込む技術が求められます。

天然起源分子の骨格を化学的に改変できれば、天然物と人工物の「あいだ」に属するもの、すなわち「天然物模倣体」を産み出すことに繋がります。このような物質群の合成および機能開拓は古くから試みられてきましたが、活用されてきた反応化学は、”飾り”を与えるものが大半であり、骨格レベルで自在改変を行えるまでには至っていません。この技術的制約は、現在でも未踏性の高い学術課題とされる「安定かつ改変困難とされる構造単位や化学結合(C-C結合やアミド結合など)の選択的化学変換が不足していること」と密接に関わっています。

特に我々は、次世代型生体適合物質群とされる「タンパク質模倣体(proteomimetics)」の創出を見据えた(触媒的)反応化学研究に取り組みます。タンパク質の骨格を構成するペプチド主鎖に着目した修飾法/編集法の開発、および、信頼性高い主鎖ライゲーション法の確立が、その実現に向けた第一歩になります。

これに加えて、我々が開発してきたタンパク質を”飾る”技術についても発展的に活用し、産み出される新規物質群の機能開拓と社会実装も進めていきます。


2021年度より発足した学術変革領域研究(B)においては、生命系のダイナミズムに対して、膜動態現象に着目した介入を行なうための反応化学技術「糖鎖ケミカルノックイン」の樹立を目指しています。直近の課題は膜タンパク質糖鎖修飾法の開発になります。本領域では、必要な要素技術の開発のみならず、新たな基盤技術によってはじめて実施可能となる分野横断型共同研究を通じ、分野の「あいだ」をつなぐ場の形成をも見据え、取り組みを進めています。